夜になると考えること

誰も私なんか好きじゃ無いくせに。

 

虚空にポツンと言葉だけが残る。

さっきまで私の上で必死に腰を振っていた彼もお疲れで、深い眠りについていたようだった。規則的な寝息が私の肌を擽る。首元に付けられた消えない内出血。夏の蒸し暑い中でも私の存在を感じていたいという彼は、なかなか面倒だと思う。

 

行為の後にお互いパンツだけは身に付けるのが滑稽だなあ。暑いのに態々着るなんて、我ながらバカバカしいと思う。ただここが人間としての尊厳なのだろうなあと思う。

思えば久しぶりにしたからか、股を無理やりこじ開けた後の痛みが少し残っていた。男の人ってこういう痛みとか違和感は無いのだろうか。

 

彼は私に優しくて、良い人。

私をお姫様みたいに扱ってくれて、私のわがままを聞いてくれて、なんならプレゼントに私が欲しかったケイトスペードの財布を贈ってくれたりなんかする。

だけど私だけになんかじゃないのは知っている。

所謂遠距離恋愛なので私が彼の家に行くことは月に1回あるか無いか。そんな中で家に行くたびに若干他の女の匂いを感じるのだ。

例えば普段は飲まないはずの紅茶のティーバッグが棚にあったり、私の可愛いガラス細工のグラスが何故かシンクに置きっ放しになっていたり、ゴムが減っていたり。

 

私は寛容だし、そんな使い捨ての女なんて興味ないから全然構いませんよ。実際私が使い捨ての女だったとしても、なんでも良いですよ。

ただもうちょっと、もう少しでも彼の嘘が上手ければ良いのにと思う。

 

女の子は生まれながらに女優だと思う。

知ってて知らないふりをするのが、いやに上手い。でもこれは他人のための演技じゃなくて、自分のための演技なんです。

私が1人の「役」ならば、悲しいことがあっても、それはそういうシーンなんだと流せると思う。だから、私は女優だ。

私が1人の「役」ならば、どんなに地味で惨めでも、あとで報われると信じられる。だから、私は女優でしょう?

 

 

 

多分私はもうこの家には来ないだろうと思う。このベッドに横になるのも、彼の寝息を感じるのも、もうないだろうと思う。映画にだってドラマにだって、ラストシーンはあるのだから。

 

空はちょっと明るくなってきていて、夜が明けるのだなあと、当たり前のことを思った。

 

なんとなく自分の腕に自分で付けたキスマークは、思ったよりもはっきりと跡を残した。

何も考えずにいても綺麗に残ってしまうのだから、悔しくて、跡を必死に指で擦り付けた。