神様に祈ることを続けて10年ほどが経った。
神様といっても僕は無宗教だし固定の神様みたいな何かに拝む趣味もなかった。神社に行ったら賽銭を投げてお参りはするけれどそれは形だけで、こんな形で神様に通じるとは思わなかった。
僕は子供みたいで恥ずかしいから「神様」という言葉は使ったりしなかった。誰に言うでもなく、こっそりと胸の内に隠しておいた。恐らく僕に好きな人ができて、彼女に僕のあらゆるものを剥き出しにしてまぐわうことがあっても、神様の話はしないだろう。「神様なんて信じているの、可愛いわね」なんて茶化されてしまうだろうから。
いつだったか、僕がまだお酒が飲めない歳の時に叔父さんが神様の話をしていた。
僕は叔父さんのことが好きだ。お父さんみたいに感情に任せて怒鳴ったりしないし、ある程度勉強して医者をやっているし、なにより豊かだから。
親戚が集まる時に、叔父さんはいつも高そうなワインをペロペロと嗜んではタコみたいに赤くなる。お酒でトロンとしてくると、病院に来る患者さんの至極どうでもいい所作の話、若い頃に外国に行った話、学会で見かけるどう見ても気がおかしい先生の話、僕の知らない世界の話をいっぱいしてくれる。
その未知な感じが好きで、お酒も飲めないのに叔父さんの横に座ってはおつまみを口にしてウェルチで流し込んだりした。
そんな最中に神様の話をしだしたので、お酒とは恥もわきまえられなくなる恐ろしい兵器なのだと震えた。そんな僕に構わず叔父さんは自慢げに、何か見えないものが見えるみたいに語り出す。
「僕はこの世界に神様はいると思うんだよ。あ、キリスト様とかそういったものじゃないよ。名前もないし何をしたという功績もないし人間に認知すらされていないような神様。
誰も見ていないようなところでコツコツ頑張ると、神様が反応してくれるのさ。君は陰ながらスゴイことをしているね、ご褒美として今日は夕飯を豪華にしてあげよう!なんて言って。神様がいるから、人間はどこかで報われるように出来てるんだよ」
叔母さんはその話を聞いて「そんな神様がいたらさぞしあわせな人生が送れるでしょうね」と小馬鹿にしていた。僕はその話を聞いて、やっと仲間を見つけた、と小さく息をのんだ。
叔父さん相変わらずワインをペロペロ舐めてはヘラヘラと笑っていた。
叔父さんの中にはきっと神様のカケラが宿っているだろう、と確信した。
僕の神様はどうやらどこかしこに点在していて、ふとした瞬間に僕をフワリと持ち上げるらしい。