人の友愛について

昨日といい今日といい入眠剤を飲んでから文字を打っているのですが、朝起きた時に「こんな文章書いていたっけ」と思うことが常です。

 

昨日は、最近ひとの家に居候しているのだけれど、いつの間にか言葉が寝言に変わっていたようでした。何やら気恥ずかしい言葉を言っていたらしく、もう寝る前に話をするもんかという気さえ起きます。

わたしは正直でない人間なので、取り繕っていた嘘が寝言からバレやしないかとも思いました。日々誠実に生きましょう。

 

 

わたしの人と接し方がわからないというのは、友人という枠がうまく築けていないことに由来します。恐らく。特に同性に対しては酷く線引きが難しいです。

年に数回会うような友人は物理的に適切に距離が取れるので配慮が要らないのですが、会いやすい友人に対しては、それこそ私が色恋沙汰に持っていってしまう気がして、少し気を張ります。

最近気付いたのですが、同性に興味がない同性に興味があるみたいです。所謂ノンケというのでしょうか。元々自分のことを理解されるのが苦手なので、そのことを考えるとまあ妥当な性癖だなあと思います。ただ、字に起こすと厭にセクハラじみた感じがするので快く思えません。どうか、勘違いしないように。

 

そういった性癖を留意すると、かつての恋愛が如何に型にはめられたものだったのかがわかってしまいます。

(あれを恋愛と語っていいものか、そもそもこれを話題にしていいのかはわかりませんが、相手方が一方的に連絡を絶ったので約束というものは無いだろうと考えています。)

わたしは彼女のことを被害者だと今でも考えます。わたしは加害者です。自分の立場を上手く使って、相手を断れない風な形にさせて。ネガティヴかもしれませんが、あの断絶はわたしに非があるといった意思表示に感じました。

 

異性に関してはもう席は埋まっておりますので、微塵も色めくようなことは無いです。残念ながら。尊敬からの緊張はあるけれど、受け入れられるか否かの駆け引きによる緊張は一切無くなっています。だからこそ、彼以外の異性は友人であると胸を張って言えます。

(ズルイ女なので、恋人の名誉のために付け加えさせて頂きました。)

 

ただ、同性に対しては未だに心が不安定です。

わたしはこうして文に残す、公開することを決めたので、仲良い友人も知っていたりするでしょう。その上で「わたしとあなたは友達だから」と、分かり合える人間が何人いるでしょう。

気持ち悪がる人もいるでしょうし、わたしが一方的に恋心を抱くかもしれません。

わたしはいつになったら堂々と友人だと言えるようになるでしょうか。