彼方の貴方

 つい先日ポストに投函したばかりの淡い水色の封筒が宛先不明で我が家に戻ってきたのは年始も過ぎて日常が流れ始めてからだった。

 宛先は自分がずっと想いを寄せている相手で、今は東京で働いているらしかった。実はというと数年前からめっきり返事がこなくなってしまったのだけど、私はそんなことも御構い無しに送り続けていた。行きつけの飲み屋で開かれた誕生日会の滑稽さや、散々だった就職活動の結果。他愛ないことばかりで苦笑しか返せないのは知っていたけれど、それくらいしか言うことが無かった。

 メールアドレスもSNSも知っている。だけれど私は敢えてあの時からずっと変わらずラミーの万年筆で想いを綴っている。お金だって時間だってかかるけれど、これが私なりの愛だと言い聞かせて。いつしかラミーは彼女への手紙専属になってしまった。

 「どうして返事をくれないのか」と電波に乗せてきくのは野暮だと思うので決してしないけれど、少しの疑問が私たちの間に大きな溝を刻んだのは事実だった。単に手紙でのやり取りを億劫に思ったのかもしれない。忙しくって返事を書く暇もなく朝を迎える生活を送っているのかもしれない。何にしても、まめに返事もない手紙を書いて送っている自分の方が暇人であることは明白だった。そういう些細なことに後ろめたさを感じて今日もまた何も書くことなく1日が過ぎていく。

 今日は夕日が綺麗で、橙色に染められた空は私の胸をきゅうと締め付けた。たかが夕焼けに心が揺れ動かされるのは何故だろう。大学時代にこんなことを授業で聞いた気もするけれど、記憶の彼方に消えていってしまって跡形もなかった。大学生の時は真面目に勉学に取り組んでいたつもりだったけれど、今考えると不真面目に生きていて何も得ていなかった。結局数百万溶かして何を手に入れたのだろうかと振り返ると、学歴とかその程度のものだけだった。

 少し寂しくなって、真っ直ぐ誰もいないワンルームのアパートに帰るのも躊躇われてしまったので、今日は家の近くの定食屋で夕食を済まそうと思った。あたたかいご飯が食べたい。気持ちが冷たくなって足を動かす行為すら億劫になりつつある時には先ず何より温かいご飯を胃に放り込むのが大事だと、遠く記憶の彼方の人間が言っていた。

 

定食屋の扉を少し力を込めて引くと、ブワッと温かい美味しい匂いが私を包んだ。同時に先ほど思い出した人物が手紙の相手だったことに気が付いて、喉の奥がきゅうと締まった。

いつかまた会えるかもしれないし一生すれ違うことさえ無いのかもしれないけれど、私は痛む胸を撫でてこの先何も無い日々を過ごしていくのだろう。あんなに綺麗な水色に染まった封筒もいつかは色褪せ黄ばんでいくのだ。経年変化が良いか悪いかはその時の自分が判断すれば良い。

怪訝そうな顔をして私の顔を覗く店主に少し申し訳なく思いながらも、メニューに目を向け、睫毛から一滴雫を零した。