精製

夜は1人でこっそり網を編む。毎日毎日少しずつ細かく細かく編み込んでいく。見たところもう網目は見えていないのだけれど、極僅かな隙間からポタリポタリと雫が滴る。滴ったものは「これが無色透明である」と胸を張れるくらいで、日に日に純度を高めている。

 

私が住んでいる札幌と彼の住む旭川は、そう遠くはない。特急に乗って仕舞えば1時間半程で着いてしまう。ただ私の仕事が接客業というのもあって、月に1度くらいしか会うことができない。彼は公務員なので土日は暇そうにしているのだけど、私は土日が稼ぎ時なので休めるはずもない。前までは「会う時間が少なくても、家で帰りを待ってるよ」なんて彼は言っていた。対して私はそうして気を使われているのが申し訳なさ過ぎて嫌になってしまったので、どうしても、と頭を下げた。彼は優しいので悲しそうな顔をして同意してくれた。「次の月からは1回だけ土日を休みにしてもらうように頼み込むよ」と言うと、綺麗に整えられた眉毛は下がったまま口角を少しだけ上げた。

 

こうした不毛な(と言ったら彼は怒るだろうけど)逢瀬は1年ほど続いている。もう結婚してしまった友達に言わせると「よくそんなに会わないでいられるわね」。慣れてしまったのでこれが普通だと言い張ることしか出来なかった。会えないのが普通だと思うのは、不幸なことなのだろうか。距離があるおかげで相手のことを考える時間が増えた気がするし、自分のやらなきゃならない仕事なんかにも熱心に取り組める。私は不便で自由な今の生活を気に入っている。

 

 

「もうやめようか」

 

彼がそんなことを言い出したのは、師走も師走。クリスマスの1週間ほど前だった。

クローゼットの中には彼へのクリスマスプレゼントが詰まっていたし、私の食器棚にはペアのカトラリーが詰まっている。私は安心しきっていた。

「ちょっと待って、」と喉から絞り出した声は彼に届いてないみたいで、机の上にぼとりと落ちてしまう。「最初から遠距離なんて無理だったんだよ」「君は僕がいなくても生きていけそうだし」「僕は睡眠を削っても君に会いたかったのに、君はそうじゃないみたいだ」彼の言葉だけ真っ直ぐ私に刺さって、串刺しになった私は身動きも取れなくなった。

違うでしょう。私は平気じゃないよ。月に1回私の元に来ることで、貴方が疲弊してしまったんでしょう。それなら会わなくてもいいから。でも会わないのなら、付き合うという意味さえわからなくなるなあ。頭の中は絡まった毛糸を解く作業に精一杯だった。

 

「一緒にいられないのは苦しいけど、好きだから別れを言えないのはもっと苦しい。多分、疲れちゃったんだと思う」

彼の提案としては、結婚適齢期が差し迫る僕たちはお互い毎週末会える距離の恋人と結ばれるべきだ、ということらしかった。私は何も言えないまま、少しずつ気持ちの整理をしている彼を眺めることしかできなかった。

 

 

私が毎夜蛍の光で少しずつ編んだ網は丁寧に詰めて編んでいたせいもあって思わぬところで糸が擦れて切れて、ダメになってしまっていたみたいだった。どんなに丁寧に織り込んでも、材質の劣化には抗えないようだ。

網を通して手に入れた純度の高い蜜は、ただ甘ったるいだけで、なんの栄養も無かった。他の方法で精製してあげていれば良かったのかと、思えば思うほど甘さを増していく。