ネオン、アルコール、夜の街

お酒に飲まれたふりをして2人で夜の街に隠れた。私は敢えていつも飲まないワインに手を出して、演技でも無くヘロヘロになっている。こうでもしなきゃ彼の腕に縋ることも出来なかった。そういうことを言うと「意外と純情なんだね」と小馬鹿にされるから言わない、絶対。

 

思えば相手の手と私の手との間がじんわり熱くなっていて、少し汗ばんでいる。私の汗かしらと働かない脳で考えたけれど、手を離すのが嫌でそれ以上は考えなかった。相手も何も言わないから、同じことを考えていたら良いのに、と思った。少し前までは何処か敬遠していた彼の手を握っている、今の状況は夢かな。願ったことも無かったけれど、ただこうしているだけで充分な気がした。歩いて数十分の道のりが、一生続けば良いとさえ思った。

 

煌めくネオンに照らされる。

この世界で私を知っている人は誰もいなかった。だから今こうして手を繋げている。彼はひたすらに「本当に可愛いなあ」と目を細めて言う。恐らくきっと絶対酔ってるんだろうと思うから「知ってる、可愛いよね私。お酒に酔ってると格段に」と返す。そういうことを言わなければもっと可愛いのに、という言葉を知って、敢えてそう言っている私がいた。彼にそういう甘えたことを望んでいるわけじゃなかった。

今までは本当に、ただの部活の先輩というだけで異性も何も感じたことがなかったけれど、体温を感じて初めて、私とは違うものなのだと思った。

 

彼が大学に進学して、私も後を追おうとして失敗して地方の大学に進学して、その時点で大きい差があるように思っていた。けれど、夜も人工の光に満ちた世界で平然と生きている彼はもう別次元の人間で、今更 差が なんて言えなくなった。本当は高校の時からずっと憧れていたのだと思う。

今この瞬間だけは、この地に知り合いが居ないのに感謝した。私はこの世界から切り取られている。変に後ろめたく思う必要はない。

彼と手をつなぐのだって、なんら如何わしくないのだ。

 

「…あ〜、隣に酔ってる可愛い女の子がいて、手握られてるって、なんかもう、ねえ?」

意味ありげな目線を私に送ってくる。私は今日久しぶりに会ってご飯するって決まった時からずっと思ってたよ。なんて、淑女は口にしないのだ。でも今更気取るほど上品な女でもない。口元に微笑みを添えながら、少しだけ握る手を強くした。

 

彼が恐らく見知ったように歩くのを、繋がれてる左手を命綱のように感じながらついていく。

手を離したら、死んでしまいそうだ。それこそ、奈落の底に落ちてしまいそう。底に落ちるのを回避する代わりに彼に堕ちるなんて、なんだかすごく下らなく思えてしまった。

 

 

「ねえやっぱり私ホテルに帰る。疲れちゃった」

 

私は命綱から手を離して、地底探検にでも出掛けようと思った。思い出を壊さないために。