今とても許されたい

最悪なことが起こった。

まあこういうのは直ぐには言えない、言わない方が吉だと知っているので大声では言わないけれど。自分で自分にがっかりしてしまった。

 

具体的な内容をきちんと文章にするのは数年後の話になるとは思います。気になる方はゆっくり待っていただけると嬉しいです。

 

そもそも今月は3回も東京に行かなきゃ行けないという時点で憂鬱だった。それでも騙し騙し生きていました。が。病院に行くのも出来ずに今爆発してしまった。

自分の具合が悪い時こそ無駄だと思わずにケアするべきなのに。22歳になっても未だ自分の操縦方法がわかりません。本当に生き方を間違えている。もうちょっと真面目に真っ直ぐ行きたかったんだけどなあ。

 

自分が思ったようにならなくて、赤ちゃんのように泣いてしまうことが多い。稚拙だと分かっていても視界が歪んでしまう。対処法はあるのでしょうか。訊くことすら億劫になっている。

自分が今大変なことになっているのを他人にどれだけわからせたら良いんだろうか。

一定以上の負荷がかかると髪の色が赤くなるとか、そういう一目瞭然な方法で出れば楽なのに。「ああ、心が弱いのね」って流してもらえるのに。でもそんなふうに可視化されてしまうと「こんなに辛いのにみんなにはわかってもらえないの!?」って気持ちにもなるんだろうな。結局解決方法は無さそう。

 

SNSではわたしより心の弱い人が深刻そうに現状を140字でしたためたりしていて、わたしはどうにも困ってしまう。そういう人たちよりは遥かに心が丈夫で平気らしいんだと自覚してしまうから。

昔から助けを呼ぶのが苦手だ。「こんな程度で人を呼んでも良いんだろうか」なんて思考が先行してしまう。「ダメだよなあしっかりしなきゃ」と自分を励まして、結局溺れ死んでしまう。

 

みんなわたしを優等生みたいに扱うから、優等生だと錯覚してしまった。出木杉くんの困った顔をわたしは見たことがないからどうしていいのかわからずにいる。

質問できる、助けを呼べる素晴らしさは中学の時から明確に感じていたし、できる人のことを尊敬していた。でも尊敬してるから真似できるかというと難しい。遠藤周作の文章を読むたび心が揺さぶられるくらいの感動を得られるけれど、遠藤周作のような文章を自分では書けない。

ここで重要なのはわたしが「真似る」ことに抵抗を感じていること。少しの失敗も許してあげられないこと。

 

自分のこころは自分では一大事だけれど、他人から見たら些細なことが山になっているだけなのかもしれない。

状況はわかっているけれど、他人から許されない限りは自分を責め続けるんだと思う。これから先も。

わたしは結局許されたいんだなあ。