平成29年度の終わり

弟が荷造りをしている。明日入寮するみたいだ。家から出て行くといってもその先が所詮北海道内なので何も欠けていく感じがしなかった。

思えば東京で就職をした姉が出て行った時も何もイベントらしいことがなく、気付いたらいなくなっていたような印象だった。

 

私が姉弟の中で実家を出るのが一番遅いだなんて、誰も予想しなかっただろう。きっとパラレルワールドの私達は京都なり金沢なり神奈川なり好きな土地で生活を送っている。そう思わないと、正直自分を保てる気がしなかった。

 

昔は3人で川の字になって寝ていた子供部屋は、今では私の部屋で、本とか服とかが彼方此方に散らばっている。ベッドの横の壁を見ると小さい頃の私たちが落書きしたのであろう鉛筆の跡が残っている。

両親の部屋以外で扉がある洋室はここだけなのだけれど、母がいつかサラリと言っていた話で、私はこの部屋にいない方がいいらしい。部屋にいるから性格が暗くなる、だから大きい間取りの、扉がない、空間を縄張りとしてそこを寝るのに使いなさいと、言っていた。

居たくもない家に、あまり話したくない両親と3人で、しかも完全に1人という居場所がなくなる、そんな世界で春から生きていかなきゃならないんだと思うと、そのことが恐ろしすぎて涙が出てきた。

この家にいたら私は捨てるものも捨てられなくてどんどん荒廃していくのだろうと、なんとなく思っている。1日先のことを考えるのも怖い。

あまり家には帰りたくない。だけどいるべき場所もない。

はやく3年が過ぎてくれれば、多分今より少しは楽になる。はやく大人になりたい。

辛さを誤魔化すための自傷行為に似た行為もやめたい。たまに悪ぶって煙草を吸いたくなるのも辞めたい。恋愛感情抜きの純粋な形だけの生殖行為を欲するのも辞めたい。顔色を伺ってヘラヘラするのも辞めたい。親から「お前普通じゃないよ」って言われる人生も、やめたい。

 

辛くなった時は布団の中で恋人を妄想する。イマジナリー恋人。私なんかは興味がなくて、でも一緒にいて楽だからと一緒にいてくれる。彼は何も言わないし何も責めない。ただ私の涙で湿った枕を見て頭を撫でてくれる。熱があるかを確かめるように、輪郭とか首も撫でてくる。妄想の中の手のひらがぼんやり暖かい。

私が毎回のようにこの手の体温を妄想するのは、幼少期に風邪をひいた私へ母がしてくれたことを貴重に思っていたからだろう。「3姉弟の真ん中は甘えることが苦手」というのは本当で、両親にとって初めてでも最後でもない私は、多分ずっと愛に飢えていた。

愛に飢えていたというより、甘え方がわからなかったのだと思う。

 

早く家を出て、世界を知って、両親がしてくれたことのありがたみがわかったら、私は甘えることが出来るようになるのか。

今はただ、薄い扉の向こうから響く家族3人の生活音を聞きながら、1人で枕を濡らすしかできなかった。