妄想的四月馬鹿

「実は前から好きだった」

四月馬鹿に相応しい言葉を目の前の彼に言われて、私はちょっと閉口してしまった。私は嘘があまり得意ではない。

「4月1日だからと言って、ここぞと嘘を吐きまくる人は好きじゃありません」

彼はそんな私の対応をわかっていたかのように口角を上げる。この顔を見るたびに私は間違えた選択をしていなかったと安心する。私と彼は今日まで付かず離れず過ごしている。

 

彼とは大学で一緒のサークルに入った程度の距離感で、丁度1年一緒にいたことになる。サークルとはいっても精力的にスポーツをするわけでもなく、会いたいときに会いたい人と会うといったくらいの緩いお散歩同好会みたいなものだ。春はお花見、初夏は動物園や水族館、夏は花火や海、秋は美術館や紅葉狩り、冬はメンバーの誰かの家で鍋パーティなんかをした。メンバーの総勢は30人くらいだというのだが、幽霊も多く、精力的に活動している私でも全員の顔は把握していない。そんな中で彼はよく顔を合わせるメンツの一人だ。

彼は理学部で、いやにチェックシャツを嫌う人間だった。「俺がチェックシャツを着ると如何にも理系すぎて面白くもないじゃないか!」と物凄い勢いで言ってくるので、恐らく前世でチェックシャツに殺されたのだと思う。私はというと物心ついた頃からずっと本の虫で、そんな流れで文学部に入ってしまった。理学部と文学部というと理系文系の対極といった風で話が合うのかといった疑問が持たれるけれど、対極にいるからこそたまに会って話すと新しい知見が得られる。彼の話す論理的に整理された見解は、私にとってチョコレートドリンクに垂らされたリキュールみたいな意味を持っていた。

 

「今日は寝坊しなかったのね」

「うん、気づいたら3時だったから、このまま寝たらまた遅れちゃうと思って徹夜です」

彼は少し伸びたひげを触ってフワアと1回欠伸をした。眼の縁を若干滲ませながら、太陽が目に染みると呟いた。彼には直接言わないけれど、彼の見た目に無頓着なところが私は好きだった。

今日は彼と初めて2人だけで出掛けるのだ。今まではサークルの延長線上のようなメンツでワイワイしていたけれど、今日は2人きり。本当はちょっと2,3mm宙に浮いた気持ちだった。

 

私の浮ついた気持ちを察されないように、極力声のトーンを落ち着かせるように言い聞かせる。

「そういえば今日は何をするの?用もなく誘ったなんて言うんじゃないでしょうね」

足元で、今日のために磨いておいたレペットの赤いバレエシューズが輝く。ちょっと良いものを身に着けていると、自分もちょっと良いものになった気がして気持ちがいい。

「んー、本当こういうものを頼めるのは君しかいないからね。絶対笑わないでほしい」

やけに弱気な彼の物言いが珍しくて吹き出してしまう。私と貴方の間柄でそんなことあるはずないでしょう。笑わないよ。

「プレゼントを選んでほしいんだよね、手伝ってほしい」

「プレゼント?この時期に?誰かの誕生日?」

思ってもいなかったことなので次々と言葉が溢れ出てきた。私とご飯をするとか以上のことがあったのかと吃驚した。そもそも彼にプレゼントという概念があると思わなかったから、軽率に質問責めにしてしまった。

「入学祝だよ。春から入ってくるんだ」

「後輩…じゃないよね。そんなまめじゃないもの、貴方」

「もう、そんな根掘り葉掘り聞かなくて良いだろう!!」

彼は顔を真っ赤にして百貨店の1階、やけに香水臭いフロアへと向かう。女くさくて私もあまり立ち入らないフロア。そこで彼は足を止める。

 

「浪人してた彼女が入ってくるんだ、何がいいだろう」

シャネルとかジバンシィとかそんな文字を必死に眺めながら呟く。

時刻はもう12時を過ぎていた。冗談はよしてよ。