メロウ

延々とカメラに向かって同じ文言を吐きながら、覚えて、間違えてを繰り返す。これが私のスタイルなのだけど、横で見ている人間はすごく嫌そうな顔をしていた。

気まずいのは得意ではないので、私はいつものようにヘラヘラ笑いながらやり過ごそうとした。そうしながら横で頬を膨らませる前のように少しむくれた顔を続ける。もう少しで決壊してしまいそうなのはその表情でもあり、私の心でもあった。

 

「覚えてないなら撮るのやめればいいじゃん」なんて冷たい言い方をされて、怒りよりも悲しさの方が強かった。記憶するのが苦手だというのは私が1番知っていた。そして、苦手だということに拍車を掛けたのが実の父からの圧力だというのも知っていた。その上で、自分が選んだ人間も同じように圧力をかけるのだなあと思うと、救えない気がした。

 

家に帰っても父がいるし、男の家に行っても父と似たような人間がいる。わたしの行き場なんて最初からなかったのだな、とまで思えてしまって、喉が締まるような気持ちがした。

そんな状態で覚えられるはずもない台詞を口から漏らして平常を保とうとする。「今なら許してあげるから、わたしに謝って」なんて言えるはずもなくて、またひとつ、不満が増える。

その日はもうカメラを回すのをやめて、いつも通りふたりでお風呂に入ってふたりでひとつのベッドに入った。撮影のために外していた銀の指輪は付けないまま寝た。

 

朝起きたらだいぶ気持ちが楽になったので、また昨日の続きをしようと考えながら、脳裏で険悪な雰囲気を思い出して、また布団に潜った。男も起きているようなので、ウニャウニャと寝言のような言葉を交わした。「ゆいちゃん、昨日の夜オナニーしてたでしょ」なんて言われて悲しくなった。

日常わたしは自慰する人間だけれど、昨日最悪な気分で横になったのにそんなはずないでしょう、と朝から癇癪を起こしそうな気になった。まあ、私は滅多に感情を出したりしないのだけど。

何はともあれ男は一切昨日のことを忘れてしまっているみたいで、私は少しホッとした気分になりながら、それでもちょっとその間抜けさを責めてしまう。「ホットアイマスクする?氷で冷やす?」なんて目の心配はするくせに、わたしのことには興味がないんだろうな。

 

こんな私も夜には許してしまえていたのだけど、この日の空虚というか、好きが抜け落ちた瞬間はきっと一生覚えているのだろうなと思った。どこにいっても救いは無いのだろうな。