睡魔

いつもの私は太陽が出てても眠いのに、恋人といるときに限ってあまり眠くなくなる。これは私が恋人に無意識にネムネム成分を添加して、そのぶんだけ自分は眠くならなくなっているんじゃないか、と仮定をたてて過ごしている。

 

今日も私はスウスウいびきをかく男の腕の中で意識だけハッキリとさせながら存在している。実際どうしていいのかわからない。下手に動くと男が起きてしまいそうだし、体を動かさないまま目をキョロキョロさせるので精一杯だった。

昔から人の寝顔を見るのがあまり得意でない。だってみんな間抜けな顔をしているから。そんなに口を開けて乾かないのかしら?というくらい開けっ放しで寝てる人間。何に不満があるのか少し唇を尖らせて眠る人間。口の端から糸を垂らして枕を濡らし夢見る人間。父も母も友人も恋人も、よくそんなところを晒せるなあと少し閉口してしまう。

 

少し布が擦れる音がして、私のお腹らへんに当てた腕の力が強くなり、「おはよう」という声がした。

この人は長い眠りから起きたのだと少しホッとしながら挨拶をし返す。相手はまだ睡魔と戦っているようでウニャウニャ何か言っているけれど聞き取れなかった。従姉妹の家で飼っていたブルドッグに少し似ているなあと思った。

 

もう少しして、ウニャウニャが手の動きや足の動きに変わると本格的に目覚めてきたようで「なんで寝てないの」と少し拗ねたみたいな声で言う。

そんなことを言われても、と思いながら「多分君と一緒にいるときは私のネムネム成分が君に移るんだよ」と伝えると、そんなことはないと揺れる眼で言う。先週はあんなにいっぱい寝てたじゃない、と。

 

先週なんて遠い昔のことすぎて忘れたなあ、と言うのは少し切なかったのでなあなあにして誤魔化した。男は満足したようで口角を少し上げてまた目を閉じた。睡魔の脅威から抜け出せていないみたいだった。

 

 

振り解けるのに敢えて腕をそのままお腹で感じながら、空が明るんで空気が温まるのを待つ。自分だけが起きてる時間は少し怖くて寂しいけれど。

薄暗闇の中で他人のスマホ何かを受信してバイブ音を鳴らしたり、時計が1秒に1回規則正しく針を動かしていたり、溜め息みたいな寝息を繰り返す様をこれから何百、何千回と見ていくのだろう。

早く起きて私をこの世界から救ってよ、なんて文句は言わないけれど、 やっぱり1人の時間が短い方がいいな。もしくは私も規則正しく睡魔に襲われてみたいわ、なんて。