薄氷

手を擦り合わせて摩擦熱を生み出す。厳しい寒さに対して微かに反抗しながら耳元で流れる音楽に耳を傾ける。友人から「あなたらしくない」と言われたハードコアなロックが私の脳を刺激する。

冬が寒いのは当たり前だけれど、年に数回ある泣いちゃいたいほど絶望的で悲しい寒さには毎回うんざりしてしまう。駅のストーブの遠赤外線を受け取ろうと必死になるけれど、駅の出入り口から入ってくる冷気に直様冷やされてしまう。一生足先が凍ったままなのではないかという気さえしてくる。

 

寒さでバッテリーが弱っている私のスマホがなけなしのエネルギーを使ってメッセージを受信した。彼氏が駅の駐車場に着いたらしい。刹那の温もりにお別れをして、駐車場に向かう。

黒い軽自動車。軽く片手を上げると運転席に座る男が少し微笑んだ気がした。

 

「ごめんね、待った?」

「ううん。駅のストーブで温まっていたし大丈夫。迎えに来てくれてありがとう」

彼氏は目を細めて私の髪に付いていたのだろう雪をほろう振りをして丁寧に私を撫で上げた。私はうっとり目を瞑ってその手を感じる。こういう時私は毎回猫になったような気になる。

マフラーにぶら下がったままのイヤホンはまだ微かに音を流していて、瞼を閉じた何もない世界に僅かに存在していた。そういえば彼氏も私の趣味をあまり理解してくれて無かったのだと思い出して、慌てて音楽を止めた。相手に合わせることは正義じゃないかもしれないけれど、それを厭わないくらいには彼に嫌われたくなかった。

「家に帰ったら鍋用意してるよ」

車を動かしながら、今日の夕飯の話をしてくれる。今日はゼミがあるから帰りが遅くなることは言っていたけれど、まさか作ってくれていると思わなくてびっくりしてしまう。彼氏はどこまでも私に甘いのだ。

「至れり尽くせりだなあ」

私が嬉しそうにすると、彼氏も嬉しそうな顔をしてくれる。それが嬉しいから私はなるべく笑顔でいるよう努めている。それがきっと幸せだから。

「明日は私がご飯作るからね。大好きなハンバーグ作ってあげる」

「やった!本当に自慢の彼女だなあ、最高」

テンプレみたいな褒めの言葉も彼氏の不器用さが滲み出て嫌いじゃない。10分もない車での時間の大半を、横顔を眺めるのに費やす。

 

擦り合わせた手はやっぱり温かくはならなかったけれど、態々エアコンの温度を上げてもらうよう頼むのも阿呆らしかったので言わなかった。

何も言わなくても数分経てば家に着くことを知っていた。