微熱

布団の上というのは何も刺激が無くて単調でつまらない。関節が軋むし熱でポーッとするので思考する暇もないけれど睡眠で1日の大半を溶かしてしまうのは勿体ないと感じる。

 

朝になると母が私の部屋に来て「調子はどう?」と問いかける。私はとっくに起きていたのに今起きたばかりの顔をして「んー」と唸る。そうすると母の手がスラリと私の額に伸びてくる。陶器の花瓶に触ったかのように冷たい母の手は、恐らくお弁当を作るにあたって出た鍋やらの洗い物を済ませたことによってここにあるのだろう。手を離しても冷たさは母の手の形のまま残っていた。まだ熱があるみたいね、と言いながら、体温計を私に渡す。機械式の体温計の「ピ」という甲高い機械音は如何にも病人だとアピールするようで苦手だ。脇に挟むと母は何も言わず階下に降りていく。自分ではほんの少し身体がだるいだけだと思っていたけれど、本当は少し参っているらしくそのまま睡魔に襲われた。

ふと目が醒めると母が上ってくる足音がして、あれから5分も経ってなかったと悟る。とっくに鳴り止んで、精密に測ってくれた体温計は37度を少し上回った数値を示していた。微熱程度。母にそれを見せると、体温計と引き換えに額に熱さまシートが貼られる。青いツブツブが付いているやつ。熱さまシートは文明の利器だなあと思う。そういえば昨日丸一日寝てたせいでお風呂に入ってないのだけれど、そんな汚い私をスッキリした気分にさせてくれる。熱さまシートの何とも言えない独特な匂いが好きだ。それにしてもお風呂に入りたい。

 

母は朝から仕事だったので熱さまシートを貼って満足したように家を出たのだが、私はというとひたすら布団の中にいた。眠いわけではないのだが、ひたすら怠くて出るのが億劫だった。ここまで体調を崩すことはそうそう無いので自分自身が面白かった。

小学生の頃は不真面目だったので事ある毎に「頭がいたい」と訴えては学校を休んだりしていた。(そのせいで市立病院、はたまた大学病院まで連れていかれたことがある)けれど中学生以降は割と真面目に授業を受けていたし、多少体調が悪くても取り敢えず這って家を出ていた。家より外の方が私にとって楽な環境になりつつあったんだと思う。

そんなことをグルグル考えていると、いつのまにか11時近くになっていたので、流石に布団から抜け出した。朝から昨日の余りの牛丼を食べた。人が体調を崩しているときに限って母は脂っぽいご飯を作りたがる。ご飯の時は大抵無心になって、ものを口に詰める。昔は美味しい美味しいと味わって食べていたけれど、去年くらいからものを食べるのに非常に罪悪感が伴うようになった。今日は1人で食べているから幾分かマシだった。

食べ終わったら、食器を軽く洗って(このときに弟の朝食の残骸も一緒に洗ってしまう)、薬を飲んで、本を少し読んだ。昨日は文字を少しも読めなかったから、大分回復したのだろう。薬の副作用で少し眠気を感じたタイミングで、また布団へと戻った。

人と関わらないとこうも1日が簡単に過ぎてしまうのか、と、恐ろしく思いながらもまた意識を失う。