我儘で傲慢な

新学期が始まってしまった。

焦る気持ちを抱きながら、新学期に向けてしなければならない作業はあるのかしらと、保健管理センターと学務に連絡する。保健管理センターの方は次の日には連絡を返してくれて、とりあえず学校に行けばいいらしいことがわかった。学務からはいまだに返事がない。所属も書いたし不審なメールではないのに、何故返してくれないんだろう。イレギュラーな存在だからこそ、公的なものに頼るしか道がないのに、そこまで閉鎖していたら困ってしまう。学生証の期限が切れているので(正確に記すと卒業予定日が平成表記だったので期限が到達することは永遠にないのだけれど)なにか手続きはしなくちゃならないはずで、それなのに黙り続けるってどうなの?学費も正規の値段払ってるんですが!留年生は肩身が狭い気がするけれど、学務にまでしおらしい態度を取るつもりはない。というか取る必要はないでしょう。

 

履修登録はいつまでなのか、いつから授業が始まるのか、恐らく大半の人が卒業した学年に属しているのでメールが来ないのかなあ。もしそうであるのならシステム上の欠陥のような気がする。義務教育でなく、お金を払っているのだから正当な扱いをされたい。

「お金を払っている」と言うけれど、実際現段階では相続されたお金を使っていて、100%私のものじゃないのが申し訳ないポイント。お母さんには出世払いをしますと伝えてある。

幸運なことに私は親に学費を出してもらっていた。浪人した際に100万くらいも出してもらったので本当に裕福な部類の子供だと思う。

同級生は自分でお金を払いながらとか、奨学金という名の借金を背負いながら大学に通っていたので、本当に頭が上がらないなと思う。浪人して留年したってことは院行ったも同然の出費で、それも全部親持ち。お父さんのこと嫌いだ嫌いだと呻いていたくせに脛齧りまくっているって茶番でしかないよなあ。

人は豊かすぎると盲目になってしまう。

 

それでも私は現状に満足しちゃいけないと思うし、利用できるものは出来る限り利用して生きるべきだと思っている。もちろん弱者から搾り取ることはしたくないと思うけれど。今の環境に感謝してしまったら、それ以上を得られないような気がして怖い。

人によってはこの話を聞いて快く思わないのかもしれないな。不快に思ったならごめんなさい。

 

人に優しく生きたいなんて思うのは、自分が自己中心的で傲慢な人間だと言うことを隠したいからだろうな。

 

 

自分しか愛せない

(始まってすらいないけれど)関係が終わってしまってからも好きだと思えた人間がいるのは幸運なことだなあと思っていた。2人の関係性に名前がつくことは最初から最後までなかったけれど、最後も綺麗に終わらせてくれたし、君が「それは嘘だよ」というならそれで良いなと思えるくらいには、相手にとっての尊敬の気持ちが無くならないまま萎んだ。押し花みたいに綺麗な思い出のままにしておこう。そう思ったのは何年前の春のことだろう。音すらしない、しっとりと前髪を湿らせるような優しい雨に包まれていたことだけは覚えている。

 

特別に綺麗な思い出じゃなくても良いと思う。わたしは現在幸せだし、思い出とはいえ昔の男の思い出を大切に抱えているのは後ろめたいと思っていた。確かに私にとって大事な思い出だったけれど、今の人じゃ不満ということなんて無いから。それでもたまに付くsnsでの「いいね」なんかに心を躍らせてしまうのは事実で、言葉にはしないけれど少し浮気じみている反応だと感じてしまう。過去の恋愛が再燃するなんて、私の中では絶対に無い。

 

少し前に、夜22時を過ぎたあたりでその彼からメッセージが来ていた。正直「いきなりなんだ!?」と身構えた気持ち半分、嬉しい気持ちも半分あった。彼のことについて既に恋愛感情は持ち合わせていないけれど、尊敬していた人間からメッセージが来たという認識は変わらないから。でもここで秒速で返信するのも癪に触ると思って、黙々とゲームを続けていた。気にならないわけでも無いけれど、久々のメッセージにすぐ反応するって脳みそが空っぽそうに見えてしまうんじゃないかなんて変な見栄が勝った。

ゲームが少し落ち着いた時に返信しようかしらなんてスマホを覗いたら、既にそのメッセージは消えていた。送信取り消しをされたのだろうか?メッセージに内容が無かったとしても気になってしまったから、私は「さっきなにかメッセージ送ってました?」と送った。送ってから、メッセージが来たっていうのも私の妄想だったのでは?と思って恥ずかしくなったけれど、全く返事はなかった。送ったのか否かもよくわからなかった。

 

自分でも薄情だなという気はするけれど、返事がなかっただけで一気に感情が冷めた。尊敬すらも消えてしまった。だって返事が全く無いのはおかしいでしょう。「返信をしない」という選択をしなければ音信不通が続くはずがない。全く身に覚えのない内容でも何かは返すでしょう。

わざわざメインのsnsではないsnsまでフォローしてくださったのに、その態度なんですか。ふん。snsで繋がっているというのも、私を観察して肴にしようみたいな魂胆だろう。阿呆らしい。

 

わたしは私を大切にしてくれる人間じゃないと大切にできなくなってしまったのかもしれない。年老いて、愛情の器が浅くなってしまったのかしら。今までほど「全人類良い人間で、救いたいし、支えたいし、応援したい!」なんていう気持ちがなくなってしまった気がする。好きでも、何か一つ引っかかる部分があれば「遠くから眺めておこう」の対象になってしまう。傷つけられるのに疲れてしまったのかもしれないし、リスクを負ってまで人との親交を深めようというエネルギーが尽きてしまったのかもしれない。

好きだった人が好きじゃなくなってしまったのは、無性に私を寂しい気持ちにさせた。

100%相手が悪いわけではないと思うし、私の虫の居所が悪かっただけという見解もできるだろう。なんであれ、春の雨に付属する淡い記憶は今日から色褪せるだろう。

 

私の知らないところでせいぜい健やかに生きてください。私の世界にはもう近付かないでください。さようなら。

 

 

桜の季節

卒業、入学といえば桜というイメージが一般的なのかもしれない。私が住む街での卒業式は当たり前に雪が残っていて、運が悪いと雪が降っている。入学式は雪が溶けて乾いて、靴を汚さず歩けるようになったくらいに行われるので、タンポポすら咲いていなかった気がする。桜と共に節目のイベントを迎えられることは、少し羨ましいような、俗っぽくて跳ね除けたくなるような、そんな微妙な気持ちで考えている。春生まれなので、桜は勿論好ましいと思っているのだけれど。

 

去年は就活もあって東京によく足を運んでいて、新宿御苑の桜を友人と歩いて眺めたりした。

一昨年は私の誕生日(4月中旬だけれど…)に京都へ行って、花が落ちかけた桜を見た。桜が目的ではないけれど、道中に咲いているとやはり嬉しくなる。

北海道では毎年ゴールデンウィーク頃に咲くので、早朝に家を出発して車で数時間揺られて、函館まで桜を見に行ったりしたこともあった。私は車酔いが激しい方なので、そのせいであまり桜が好きじゃないのかもしれない。完全とばっちりだけど、なんとなくよそよそしい態度をとりたくなるのはそういうことなんだと思う。

 

桜の匂いは好きで、毎年桜の匂いのフレグランスを見かけるとつい手に取って匂いを嗅いでしまう。香水を毎日使う習慣がないこともあって結局買わないのだけれど。桜の匂いのする女性には少し憧れてしまう。

食べ物としての桜は癖があるから嫌いな人が多いけれど、匂いが嫌だという人は見たことがない気がする。(そもそも食用にする花で1番親しまれている花は桜だと思うから、そう考えれば日本人ってやっぱり桜が好きなんだね!と言いたくなってしまう。私も好きだもの。)桜自体の桜の匂いというのはイマイチ感じたことがない気がするけれど、桜の匂いを知っているというのはどういうことなんだろう。「芳香剤の匂いの味」みたいな現象と一緒だろうか。

 

 

今年度私は進級したり進学したり就職したりといった変化がないまま生きてしまっているけれど、そんなのって浪人した時以来だなあ。4年ぶりに虚無を味わっている気がする。やることはわかってるし、去年よりは穂を勧められる気がするけれど。どうしても自信がないというか、後ろめたい気持ちが強くなってしまう。健やかに生きたいのになあ。

 

おめでたいひともおめでたくはないひとも、一緒に少しずつ頑張れれば幸いだと感じます。私も1日1日着実に積み重ねてがんばります。どうか潰れずに。どうか腐らずに。生存するだけで勝ちです。

 

インプット・アウトプット

4日毎で投稿するぞ!と言ってた割に、最近ES作業に追われてある意味リアルが充実しているので下書きがなくなりつつある。焦る。趣味なんだから気ままにやればいいよと言われたらそれまでだけども。ゆるく現状を文字にしたいだけだし、ちょっと更新しなくなるくらいで落胆する人はいないだろう…と思っています。

 

最近は地元と札幌(就活の拠点)との往復が頻繁で、1週間で7,000円近くは交通費に飛ばしている。計算したら意外と額が大きくてびっくり。そりゃいつの間にか財布からお金がなくなっているわ。会場に向かう前の微妙な時間は仕方なくカフェで過ごすことが多いのだけれど、そこでも値段を気にしてしまう。たった50円なんだけど、なんか勿体無くてラテが頼めなかったりする。

 

そろそろ自分の体が就活に耐えられなくなっているような気はしていて、初期症状として時間が読めなくなってしまった。謎に待ち合わせの1時間前についてしまって、「こんなことなら家でもうちょっとゆっくり作業できたなあ」とか考えたりする。就活は楽しいのだけれど、何より情報量が多くて、そんな中で完璧を目指さねばならないのが非常に厳しい。あと、勤めている塾の講師が私含め2人なのもなかなかしんどい。「この日でられる?」「(予定は入ってないし…)大丈夫です!」と条件反射で答えてしまう。予定は入ってないけどやることが無いわけじゃない。でもお金は大事だし稼げる時に稼ぎたいよなあ、なんて思う。

 

いまは履歴書をひたすら書く・送るを繰り返しているのだけれど、そろそろ面接ラッシュが来そうで怯えている。色々な会社の情報をごちゃごちゃにして話してしまいそうだ。あと、切羽詰まっていて精神が安定していない時、わたしは言葉を発するのが非常に困難になる。浮かんでいても綺麗な文章にできないまま発音してしまうなんてことがある。伝わればいいんだ、伝われば。あんまり細かいこと気にすると内臓に異常が発生しそうだから考えないぞ。

 

一応バリキャリOLになりたいので総合職系統のものを見ているけれど、今日説明会で一般職志望の子を見かけた。転勤がないというのはいいのかもしれないけれど、そこの会社は総合職も転勤がないから、私にはわざわざ一般職になりたいという気持ちがわからなかった。ていうかそもそも閉鎖的な空気感が無理だから一般職向いてないのか。ふーん。高校受験でなるべく同じ中学の人がいない高校選んだ私に適性はなさそう。そもそも私のバリキャリOLになりたいのも意味わからんな。恋人に捨てられたら美少年飼えるくらいの金は欲しい。

将来のことを考えるのって難しいなあ。

聞こえない

わたしの耳はあまり良くないのかな、というのは中学生あたりから感じていた。

 

吹奏楽部に所属していたので音程を合わせるだとか微細な音の不一致により起こるうねりなんか正常には感じていたし、楽器を吹く上で不便なことはなかったと思う。(中学生が部活で吹く程度の音楽ならば可能、というくらいで、音を聴いて基準よりも高い・低いを判断するのは苦手だった。でもこれはわたしが考えるよりもっと高水準な耳が良いか否かの問題だと思う。)

わたしの友人で突発性の難聴になった子がいたので、自分は不自由ないんだということを痛感したりしていた。同じ楽器を担当していたのだけれど、わたしは彼女の方が上手いと思っていた。だからこそ、わたしが(主旋律を担当する)1stに選ばれるのは凄く恥ずかしいことのように感じていた。久しく会っていないけれど、元気かなあ。

 

そんな感じで音楽に対しては何不自由なくいられたのだけれど、部長である男の子と会話するのが大変だった。その男の子はなかなか低めの声で尚且つ聞き取りにくい声質だったのだと思う。顧問の先生は大学で声楽をやっていた?からか、聞き取るのに不便を感じたことはなかった。先生の方がもそもそ口先だけで話す癖があるのにね。男の声が全てダメというよりは相性が悪い声質があるという認識が正しいのだろうな。部長とは今も年1くらいで会うけれど、話すたびに聞き取れない部分を笑顔で誤魔化すことが多い。

 

なんでそんな聞こえ方の話をしたのかというと、某企業の説明会に伺ったときに、大会議室で「4グループそれぞれフランクに説明・質問回答をする」という苦行を強いられたからだ。去年の就活でこんな雰囲気のところはあったけれど、マスクをつけて、フェイスシールドのような衝立を立てられた状態でそれを聞き取るというのは非常に拷問だった。聞き取るのに必死で、何をいったのか理解するまでに至らなかった。聞こえない上に口の動きも見えないのだから推測に推測を重ねる。そりゃ頭がパンクするよなあと。わからなさすぎたから最終的には考えることをやめて、なんとなくみんながメモを取っているときにメモを取ったふりをした。ここで私が手を挙げて「聞こえないのでハッキリ言ってください」と言ったところで雑音まみれのこの空間でわたしは聞き取れないだろうと経験でわかっていた。情けないなあと思うけど仕方なかった。あんまり考えると泣けてしまうような気がしたので、考えるのをやめて頑張って聞き取れるように努力した。努力というのだろうかこれ…。

 

苦手なことがあるのは仕方がないけれど、不自由な人が正常な人間と同じくらいを望むのをよしとするのは時と場合によるのだろうな。

仕方ないけど、自分の苦手なものがはっきりするとちょっと凹んでしまう。

また逢う日まで

大丸札幌の7階角地に位置する「イノダコーヒー」が2021年3月20日をもって閉店してしまうらしい。

 

札幌大丸はかれこれ5年以上はお世話になっているのだけれど、イノダコーヒーを知ったのは2、3年前だったと思う。仲がいい友人に「ケーキが美味しいんだよ」と連れられて、明るいデパート内とはうって変わって、少し薄暗く純喫茶かのような落ち着いた空間に足を伸ばした。札幌の顔と言っていいだろう南口前の広場から見上げていた窓が自分の目の前にあるのが不思議と気分を高揚させた。

イノダコーヒーは京都が発祥の喫茶店らしい。私は京都という街が異様に好きなので、その事実だけで満足度は格段に上がった。座面がソファーのようにふわふわした赤い椅子も好きだった。例えるなら京阪電車の座席のよう。メニューについては特に京都らしいところはないのだけれど、気持ちは京都に行ってしまったよう。

訪れるのが年配の貴婦人が多いせいか、街の喧騒から取り残されたような、ここだけ時間が止まったような風なのも私を安心させる。昼過ぎに「ちょっと休憩しようか」とカフェを求めて彷徨うにあたって、スターバックスタリーズは人が多くてとてもじゃないけど座れそうになかったりする。そんな時に頼りになるのがイノダだった。そんな感じだから閉店してしまうのだ、とも思うけれど、そういうところが心地よかった。

 

コロナウイルスの影響で好きだったお店が無くなったり、長期休業をしたり、営業時間が短くなってしまったり、寂しいことが多かった。飲食店にとってはやはり大打撃な出来事だったと思う。推しは推せる時に推せ、というのはまさにそういうことなのだろうな。もし私が足繁く通っていたのならイノダが無くなることはなかったのだろうか。なんて夢物語を考えてみたりもする。

 

イノダは北海道においては札幌大丸にしかなかったので、閉店するということは私から京都が遠ざかることと同意だ。最近は飛行機に乗ってもいないし、京都も2年程は行っていない。関空から京都への電車乗り換えの仕方も既に忘れてしまったし、Googleマップを開いて周りを見渡しながら歩くことになるのだろうという予感はしている。自分の憧れが少しずつ色褪せていてしまうのが怖いし、かなしいことだと思う。

 

生きていれば人も物も移ろっていくのだから今回のことも仕方ないのだろう。忘れてしまっても良いのだろうけど、私は色褪せても自分の中に綺麗にしまっておきたい。原型を留めていないような、辛うじて何か染みが浮かんでいるような姿になっても、自分にとって大切な思い出だということは忘れないでいたい。

ありがとう、また逢う日まで

決められない優先順位

3月が始まって、重い腰を上げて、やっとまともに就活と向かい合うかという気になったけれど、休んでいた事実は消えない。夏・冬のインターンを逃した私はマイナスからのスタートに違いなかった。そんなことは承知の上で今の今まで休んでいたのだけれど、他人から言われるとグサリと心臓に刺さって、ジワジワと血が滲むような気持ちでベットに横になるしかなかった。

 

ほっといてほしい。自分勝手な言い分かもしれないけれど、ほっといてほしい。あんまり監視されると萎縮してしまうから、丸く収まった後に「そうなんだね〜」と流してほしい。そうじゃないと死んでしまいそうだ。タイミング的に死ぬべきではないし、死ぬならもうちょっと気分がいい時に死にたい。これ以上ないと思いながら死にたい。他者に殺されるのは嫌だ。自分で自分の始末をしたい。

 

でも相手はそんな私のことを知らないのだろうと思う。話していない私が悪いのだろうけれど。わかって、というか、察してほしい。なんて実の父親に感じていたような煮え切らない気持ちを抱えている。相手の気持ちはわかるし、落ち度はないのだろうから、私が悪い。そうやって延々自己嫌悪を繰り返す。噛みきれなくなって、気持ち悪くなるくらいに味がなくなったまま飲み込まれもしない肉片みたいな、どうしようもない感情しかない。

私が悪いのか、何なのか、わからないから考えても無駄な気がする。

 

多分1人でもそこそこ生きていけるくらいには能力はあるだろうと思う。何をやるべきか見失ってはいないし、事実やることは山のようにあるし、ただ少しずつ日々のタスクに分配してこなしていけば良いだけ。そんなに難しいことはないのだ。私なら大丈夫だと思う。これが客観的に考えられた結果なのか、根拠のない自信過剰な妄想なのかはわからない。どっちでも良いなあ。ただ自分が自分を信じられたら、根拠の有無は些細なことだろうと思う。

 

今年は、就活はともかく、卒業は必ずしたい。そう考えたら就活を頑張り過ぎて卒業ができないなんて未来が1番地獄だと思う。(去年を繰り返すことになってしまう…)

今は私のやれることだけやって、多少は息抜きをして、しっかりと勉学に励んでいきたい。勉強がしたくて大学に入ったのに、他のことで心がいっぱいになって勉強ができなくなってしまうのは悲しい。

去年、就活も卒業も全部辞めて立ち止まった時、ただひたすらに自分は無になっていた。何もしないことは快くなんかなくて、寧ろ自己嫌悪に陥る時間の方が長かったように思う。私は私を救うために生きている。私はそう思って、今を生きている。