答え合わせ

自分は悲劇だと感じているのに、他人からは喜劇だと笑われるのが1番辛くて悲しい。

自分の子供の栄転をどうでもいい事かのように話されて、酷く疲れてしまう。ただでさえ今の情勢は至極不安定であるのに。

 

昔は父のことが好きだった。

学歴はないけれど、知識欲はあって、趣味を持っていて、何事にも自分の考えを持っている姿が好きだった。父の言いなりになって、特に意思が無いような母よりも(母の名誉のために言うと、母は自分の意思を奥に秘めている人間で、至極「優しい」人間である)確固とした何かを持つ父の方が偉大だと感じていた。

父と一緒に湖にカヌーを浮かべ、漂うこともあった。私自身、偉大な父に1番認められている存在だと感じていた。姉は抜けていて(天然で、母の静かな優しさを受け継いだ人間だと感じる)、弟は慎重すぎる性格で(臆病だけれど、3姉弟の中で1番思いやりの心を持っている人間だと思う)、わたしはどんなことも当たり障りなくこなせる模範的な娘(逆に言うと面白みのない人間)だった。

 

わたしは他の姉弟よりも飲み込みが早く、どんなことも興味深く観察していて、何よりも「人に見せる」ということをわかっていた。器用貧乏だった。実際なにも突出していないのに出来るような雰囲気を見せびらかすだけで、中身はなにもない、空っぽな人間だった。

家では蓮葉の脳がない人間と見せかけてやるところはやる、なんてキャラを演じていたように感じる。今思うと人を笑わせたいという気持ちはわたしの根底にあるものだったらしいので、演じていたとは100%言い切れないのだけど。

 

血の繋がらない他者と比べてみると、わたしだって十分優しさとか思いやりがあるのだけど、全然足りないように感じる。自分のくだらないプライドとかそういったものでグシャグシャになってしまっている。かつては母の優しさをなにもないかのように錯覚するほどわたしは能力があるように自惚れてしまっていた。その時点で全てにおいて負けているような気がする。

わたしがこんなにも腐った人間なのだとしたら、わたしよりももっと偉大な、もっと賢い父はもっと腐敗して仕方がないだろう。

自分の悪を塗りつぶすために他者をもっと貶すことをした。自分が本当は何も能力がないのはひた隠しにして、自分を眈々と誤魔化していた。

 

愚かだったのはわたしだった。

 

大好きな父に言葉が通じないのが辛いのだった。自分の失敗をきちんと報告できないのが辛いのだった。

ただ重要なことを見つけられないで、他者を貶して、自分は何も悪くないと胸をはるような自分が酷く情けなくて考えるたびに喉がつかえる。

自分の間違いに気づかないまま、延々と同じ間違いを繰り返す。犬が自分の尻尾を追いかけて延々丸く走っているような、そんな風に人からは見られているのだろう。

悲劇じゃなくて喜劇だというのは、つまりこういうことだったのだろうな。