KISS principle

 

大学に入って、結局私はなにがしたかったのだろう。なんとなくフワフワ授業を聞いて、何となく試験対策の為だけに机に向かい、今日も私を消費していく。生きていけばいくほど、就活だとか、大人がしていた話が身近になっていく。私はただ曖昧に笑って、いつもそんな話題から背を背けていた。

 

「結局君は何がしたいわけ?」

ラーメンと格闘しながら、長い髪を一つに束ねた私の幼馴染が、湯気と共に本音を吐き出した。横顔だけは綺麗なので、ちらと目線を送ったときに少し見惚れてしまった。

「就職浪人なんてやめてよね、やりたくないとやる気がないは違うんだから。私なんて君がのんびりキャンパスライフを謳歌している間に社会人3年目よ」

私には目もくれず必死に麺を頬張る。私は彼女の奢りで、彼女と同じチャーシュー麺を食べている。彼女は私がフラフラしている時に声をかけては毎回チャーシュー麺を奢ってくれる。定期的に会う友達もいないので、彼女は私の中ではかなり特殊な人種だった。

「はやく就職するのが良いことだとは思えない」

「それはそうかもしれないけど、何もしないよりはマシじゃない」

「そうだけど」

 

「全くやりたいことが無いなんてわけじゃないでしょう?」

 

言葉に詰まったので、口をラーメンいっぱいにして誤魔化す。自分の領域に他人が入ってくる感じというか、隣の席の人が自分の分まで机を余分に使ってくる感じというか、靴下の中に小さな石ころが入っている感じというか、居心地が悪かった。

「人に説明できないことを続けるのは賢い判断だと思えないなあ」

お冷のお代わりを注いだ先から飲み干して、また注ぐ。彼女はラーメンを食べる時に過剰に水分を補給する。

 

彼女がもう食べ終わりそうだったので、私もペースを合わせて肉に噛み付いた。チャーシューの肉は最後にとっておくというのが自分ルールだった。

 

「最後にチャーシューを食べるのって、邪道だと思うのよね」

私が今まさに頬張っている最中に言うのだから、嫌なやつだなあと思う。しっかり咀嚼しながら、ちょっと嫌そうな顔で彼女を見る。

「ラーメン屋さんはラーメンを売ってるんだから、麺がメインでしょう?具材は添え物に過ぎないんだから最後に残すのは変」

「変とは言っても、私は今までずっとこういう風にやってきたんだから私にとっては変じゃない。他人の評価は知らない」

 

そういうと彼女は少し間を空けてから、目を細めて

「多分全部そういうことだよ」

と笑った。

全く意味がわからなかったけれど、彼女が勘定を始めてしまったので口を出すタイミングが無かった。

 

店を出て、ラーメンの為だけに外していた眼鏡をかけ直すと、やっぱり似合わないねと彼女が笑った。