自分しか愛せない

(始まってすらいないけれど)関係が終わってしまってからも好きだと思えた人間がいるのは幸運なことだなあと思っていた。2人の関係性に名前がつくことは最初から最後までなかったけれど、最後も綺麗に終わらせてくれたし、君が「それは嘘だよ」というならそれで良いなと思えるくらいには、相手にとっての尊敬の気持ちが無くならないまま萎んだ。押し花みたいに綺麗な思い出のままにしておこう。そう思ったのは何年前の春のことだろう。音すらしない、しっとりと前髪を湿らせるような優しい雨に包まれていたことだけは覚えている。

 

特別に綺麗な思い出じゃなくても良いと思う。わたしは現在幸せだし、思い出とはいえ昔の男の思い出を大切に抱えているのは後ろめたいと思っていた。確かに私にとって大事な思い出だったけれど、今の人じゃ不満ということなんて無いから。それでもたまに付くsnsでの「いいね」なんかに心を躍らせてしまうのは事実で、言葉にはしないけれど少し浮気じみている反応だと感じてしまう。過去の恋愛が再燃するなんて、私の中では絶対に無い。

 

少し前に、夜22時を過ぎたあたりでその彼からメッセージが来ていた。正直「いきなりなんだ!?」と身構えた気持ち半分、嬉しい気持ちも半分あった。彼のことについて既に恋愛感情は持ち合わせていないけれど、尊敬していた人間からメッセージが来たという認識は変わらないから。でもここで秒速で返信するのも癪に触ると思って、黙々とゲームを続けていた。気にならないわけでも無いけれど、久々のメッセージにすぐ反応するって脳みそが空っぽそうに見えてしまうんじゃないかなんて変な見栄が勝った。

ゲームが少し落ち着いた時に返信しようかしらなんてスマホを覗いたら、既にそのメッセージは消えていた。送信取り消しをされたのだろうか?メッセージに内容が無かったとしても気になってしまったから、私は「さっきなにかメッセージ送ってました?」と送った。送ってから、メッセージが来たっていうのも私の妄想だったのでは?と思って恥ずかしくなったけれど、全く返事はなかった。送ったのか否かもよくわからなかった。

 

自分でも薄情だなという気はするけれど、返事がなかっただけで一気に感情が冷めた。尊敬すらも消えてしまった。だって返事が全く無いのはおかしいでしょう。「返信をしない」という選択をしなければ音信不通が続くはずがない。全く身に覚えのない内容でも何かは返すでしょう。

わざわざメインのsnsではないsnsまでフォローしてくださったのに、その態度なんですか。ふん。snsで繋がっているというのも、私を観察して肴にしようみたいな魂胆だろう。阿呆らしい。

 

わたしは私を大切にしてくれる人間じゃないと大切にできなくなってしまったのかもしれない。年老いて、愛情の器が浅くなってしまったのかしら。今までほど「全人類良い人間で、救いたいし、支えたいし、応援したい!」なんていう気持ちがなくなってしまった気がする。好きでも、何か一つ引っかかる部分があれば「遠くから眺めておこう」の対象になってしまう。傷つけられるのに疲れてしまったのかもしれないし、リスクを負ってまで人との親交を深めようというエネルギーが尽きてしまったのかもしれない。

好きだった人が好きじゃなくなってしまったのは、無性に私を寂しい気持ちにさせた。

100%相手が悪いわけではないと思うし、私の虫の居所が悪かっただけという見解もできるだろう。なんであれ、春の雨に付属する淡い記憶は今日から色褪せるだろう。

 

私の知らないところでせいぜい健やかに生きてください。私の世界にはもう近付かないでください。さようなら。