大丸札幌の7階角地に位置する「イノダコーヒー」が2021年3月20日をもって閉店してしまうらしい。
札幌大丸はかれこれ5年以上はお世話になっているのだけれど、イノダコーヒーを知ったのは2、3年前だったと思う。仲がいい友人に「ケーキが美味しいんだよ」と連れられて、明るいデパート内とはうって変わって、少し薄暗く純喫茶かのような落ち着いた空間に足を伸ばした。札幌の顔と言っていいだろう南口前の広場から見上げていた窓が自分の目の前にあるのが不思議と気分を高揚させた。
イノダコーヒーは京都が発祥の喫茶店らしい。私は京都という街が異様に好きなので、その事実だけで満足度は格段に上がった。座面がソファーのようにふわふわした赤い椅子も好きだった。例えるなら京阪電車の座席のよう。メニューについては特に京都らしいところはないのだけれど、気持ちは京都に行ってしまったよう。
訪れるのが年配の貴婦人が多いせいか、街の喧騒から取り残されたような、ここだけ時間が止まったような風なのも私を安心させる。昼過ぎに「ちょっと休憩しようか」とカフェを求めて彷徨うにあたって、スターバックスやタリーズは人が多くてとてもじゃないけど座れそうになかったりする。そんな時に頼りになるのがイノダだった。そんな感じだから閉店してしまうのだ、とも思うけれど、そういうところが心地よかった。
コロナウイルスの影響で好きだったお店が無くなったり、長期休業をしたり、営業時間が短くなってしまったり、寂しいことが多かった。飲食店にとってはやはり大打撃な出来事だったと思う。推しは推せる時に推せ、というのはまさにそういうことなのだろうな。もし私が足繁く通っていたのならイノダが無くなることはなかったのだろうか。なんて夢物語を考えてみたりもする。
イノダは北海道においては札幌大丸にしかなかったので、閉店するということは私から京都が遠ざかることと同意だ。最近は飛行機に乗ってもいないし、京都も2年程は行っていない。関空から京都への電車乗り換えの仕方も既に忘れてしまったし、Googleマップを開いて周りを見渡しながら歩くことになるのだろうという予感はしている。自分の憧れが少しずつ色褪せていてしまうのが怖いし、かなしいことだと思う。
生きていれば人も物も移ろっていくのだから今回のことも仕方ないのだろう。忘れてしまっても良いのだろうけど、私は色褪せても自分の中に綺麗にしまっておきたい。原型を留めていないような、辛うじて何か染みが浮かんでいるような姿になっても、自分にとって大切な思い出だということは忘れないでいたい。
ありがとう、また逢う日まで。