超妄想電波神話

今の世の中、電波に切り離された時間は睡眠中くらい。睡眠のなかでもとりわけ深い部分でしか人間は電波から解放されない。何かしら世間に通じるような手段としての電波を日々送受信している。

それはきっと害悪だ。

電波は我々を犯している。LINEの既読がついたのに返事をしてくれないだとか、私と行ったカフェでの写真なのにいいねしてくれないだとか、そういった不満が頭にこびりついていく。私だけでなく、その他の人もそう思うことが1度や2度 いや 幾多もあっただろう。ただ皆んなそれを時代のせいにして、なにかを責めたりはしない。なにかを責めることを放棄している。生まれて間もない時からあるものを、拒むことが出来ないでいる。拒めないというのは、電波に犯されているのだ。電波に脳をレイプされていても、悲鳴ひとつもあげない。私はこの世も末だと思う。

 

そうは言っても、私は電波をこよなく愛している。SNSだってしっかり使いこなしているし、林檎マークの電子機器愛用者である。典型的な現代っ子ではある。今日も電波に乗せて、おはようからおやすみまで自分を公開している。

「今日は中学同期と飲んだ!メンツが良かったからか真面目に話し合えて有意義な飲みであった」

「誕生日が近いので前々から欲しかった多機能ペンを買ってしまった。書き心地が最高。ドイツの筆記具は良い」

「やっぱり20代のうちに結婚したい願望があるな、博士までは行きたいので誰か養ってくれる女の子を募集したい」

こんな心に移り行く由無し事をペタペタ電波に乗せて皆んなへ掲示する。いいねがつかなかったり、それに対しての反応が無かったりもするが、電波に乗せられてくる「無」の反応もなかなか趣深いものと認知している。日本人をメインに日常を共有しているので、深夜に発信すればするほど反応は薄くなる。「ああ皆んな電波奴隷から解放されているなあ」と思えるので反応が薄いことはいいことだと思う。

 

さて私だが、今日は少しイレギュラーなことが起こった。

前々から私をフォローしてくれている女の子から「良ければ通話しませんか?」というメッセージが飛ばされてきた。午前3時19分にだ。

私はお酒を飲んで少しフワフワしていたのもあって、メッセージの通知が飛んできた瞬間凍りついてしまった。午前3時に異性と通話!これは卑猥なことでしかないのではないか!?私は(電波に多少卑猥なことを乗せているという自覚はあるが一応)紳士だけれど、確か彼女は19歳ほど、いくら相手からの誘いであってもこれはちょっとえっちすぎるのではないか!?

「それはえっちすぎるのではないでしょうか!?」

飛ばしたメッセージは即座に既読がつき

「そんなことないですよ」

「まあ迷惑ならお断り頂いても構わないです。どうせすぐ私が寝落ちしてしまうと思うのですが」

という質素な文章が連なった。ウワワお断りしたいわけでもないですよ!だって私なんかが女の子と通話出来るなんて半年、いや1年に1回あるかないかですもの!流石にそれはダメでしょうと自分で制止しているけれど、本当の私はやる気満々である。

「迷惑では断じてないのです!」

だって女の子は確か入眠障害か何かで寝るのが人よりも困難で、こんな時間に通話を請うのは、所謂寝落ち通話で睡眠に導入しようという戦法でしょう。ならばこれはお手伝いするほかない。紳士である上で断るわけにはいかない。女の子が勇気を振り絞って殿方におねだりしたのであれば、男はそれを受け入れなければ!そう!それでこその男である!!

 

「全然構わないですよ。眠いので、もし先に寝てしまったらごめんなさい笑」

 

既読がついてから数分の静寂が流れて、私は自分から通話ボタンを押してしまった。紳士にあるまじき行為だと非難する人に言いたい、女の子自らにベッドへ先導させるのは男として恥ずべきことではないのか!?と。

私は出来る紳士なので賢明な判断をしていた。通話はワンコールと待たずに開始されて、イヤホン越しに「もしもし」と女の子の声が響く。これは勝利以外の何物でもないでしょう。私は賢明な紳士なので、寝落ち通話の礼儀に従い言葉少なに、多少のラグを駆使してなんとか女の子を入眠まで誘うことに成功した。女の子のスースーといった可愛らしい寝息が私の耳をくすぐる。大勝利と思ったら安心してしまい、私も意識を手放すこととなった。

 

 

朝。

賢明な紳士は昨晩の飲酒のせいか尿意で目覚めた。時刻は午前6時ほどなので起床にはまだ早い。ただ窓の外は明るい。

トイレに向かい2度寝しようと布団に飛び込んだところ、枕元にいつもはないスマートフォン及びイヤホンが転がっていた。これは非常にいやらしいことをしてしまったのかもしれない。私は急いでイヤホンに耳をすませた。

ノイズというか砂嵐というか、なんとも言い難い、恐らく生活音ではなく電波の音といって良いだろう音が響く。女の子との通話は夢か幻か?だけれど画面にはその女の子と通話中を示すような表示がされている。いやもうこれはセックスだろう。この画面だけで充分シコれるなと思ってしまう。寝起きなので気持ちに任せて発言してしまったけれど、不快な気持ちにさせていたらすまないと思う。

常々電波云々と言うわりに、今日の私は睡眠中でさえ電波に侵食されていたわけだ。これは由々しき問題。しかしどうだろう電波の向こう側に女の子がいると思うと、電波に侵食される生活も薔薇色なのではないかしら。電波自体は無機質なものだけれど、向こう側には人間がいる。人間には温みがあるのだから、電波を伝って温みが届けられる。ただ繋がっている相手は何にせよ人間なのだから世間という漠然とした敵ではないだろう。昨日の敵は明日の友だったかなにか格言は忘れたけれど、そのような言葉が頭に浮かんだ。

イヤホンからは鳥の囀る声が響いていた。